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2020.07.07NEW生理前・生理中、薬を飲まなくなりました・・・という報告が多くて嬉しいです

 

どうも!薬屋の娘、丹羽綾です。

 

私は三重県四日市市の薬局の娘として生まれました。おじいちゃんが薬剤師、桑名の佃煮やから嫁いだおばあちゃん、その長男のお父さん、元銀行マンのお母さん、そして私と妹の6人家族で育ちました。

 

私が子どもの頃のお店は高度経済成長期、真っ只中、四日市といえば、港の大きなコンビナートがあるのだけど、コンビナートへ出勤する人達の道沿いにうちのお店はありました。

 

ので、お店は朝6時半から夜9時半まで、休みは第3日曜日だけ。

 

お母さんに用があってお店に行くけど、なかなかお客さんが途切れなくて、話しかけれない・・・そんな時代でした。

 

忙しい毎日なので、両親は私や妹が寝込んだりすると困ります。(聞いたわけではないから、真意はわからないけどね)なので、ちょっと鼻水が出るとすぐに「ア○ゲン鼻炎錠」、咳をコンとすると「咳止めシロップ」、熱がでたらすぐ「バ○○リン」。

 

私もそれが普通になっていて、物ゴゴロついた頃から、調子悪いとおもうとお店に行って薬をもらってました。

 

20代の私

 

そんな風に私は薬をいっぱい飲んで育った私は、大きな病気もせず、ほぼ学校も休まず、高校を卒業し、大学で名古屋に来て、一人暮らしを始めました。

 

そこから、薬のない生活が始まりました。

 

するとですね、びっくりするほど、熱がでます。「私、どっかカラダ悪いのかな?」とおもうほど。でも、病院お金かかるし、何日かすればなんとかなるし、そんな風に過ごしてました。

 

会社員になってもその状態は変わらず、よく熱を出す人。そんなイメージの私。やっと熱を出さなくなったのは、多分、27−28くらいの頃でした。(身体に蓄積されていた薬がやっと抜けた!そんな気がしていました)

 

20代の私が悩んでいたことがもう一つありました・・・生理不順。

 

生理と生理の周期が長いんです。3〜4ヶ月なんて当たり前、下手したら、半年近く生理が来ません。そうすると、どうなるか?

 

不正出血します。

 

変な出血が続くと、怖くなって婦人科に行く。子宮癌検診を受診する。特に問題なし。

 

ホルモン量を測る。足りてないと言われる。ホルモン剤を処方されて、排卵を起こす。生理がくる。しばらく良い感じ。でもまた半年くらいすると生理が来なくなる。

 

そんなルーティンでした。

 

婦人科の先生には「あなたは人より妊娠しにくいとおもうから、ホルモン治療して年齢が若いうちに産むことをオススメします」と言われたこともあります。

 

それで29歳の時、ナナミを産みました。(私の中では早い出産でした)

私・・・向かって右ね。言わんくてもわかるか笑

 

30代の私

 

第一子ナナミを産んで、腰が痛くて痛くて・・・という時期がありました。そこで友達に誘ってもらって行ったのが大須にある整体サロン。

 

おばちゃん 整体師さんがマンションの一室でやっていて、赤ちゃん連れてきても良いよーと言ってもらって、クーハンにナナミを入れて友達と3人で行きました。

 

この時、初めて「整体」というものを体験しました。

 

ナナミはリビングで、友達と他のお客さん(常連さんが集まっているようなお店でした)がみていてくれていて、私はひっさしぶりに一人になれた感覚で嬉しかったのを今でも覚えています。

 

そこの整体サロンへはその後何回か通いました。

 

行くたびに、お客さん達が「赤ちゃん、可愛いね〜」と言って、ナナミを抱っこしてくれるんです。

 

あ!今、書いてて思い出したけど、そう!私、ナナミの時は母乳も全然出なかった。ので生後3ヶ月待たずしてミルクで育ててました。今おもうと、その頃の私は血流も悪く、冷えていたんだとおもいます。

 

整体に通ううちに、私も身体のことを勉強したくなり・・・

 

やってみたいと思ったら、もう自分が止められない私は、ネットで整体の学校を探し、色んなところの資料を取り寄せ、ナナミを抱っこして見学に行き・・・

 

そして東海整体療術学院という整体の学校に入学しました。

 

というのが私が整体師になった経緯。

 

その後、1年間 学校に通い、1年半 学校系列の院でインターンとして働きながら、学校では女性整体師養成の講師としても抜擢してもらったりもあり、ヒロトを妊娠するまで学校系列の整体院でお世話になりました。

 

自分の身体が実験台

 

整体の勉強をしていく中で、練習台は同期の生徒同士でした。ちょうど脱サラで整体師になるのが流行った頃なので、同期は世帯持ちの男性ばっかり。みんな、1日でも早い開業を目指す、必死のメンバーでした。

 

そんな中で、私は唯一の女性。

 

女性のお客様をたくさん(月100人以上)担当させてもらって、女性整体師養成にも関わらせてもらって、自分の身体でいっぱい実験しました。

 

整体師になって2年になる頃、ヒロトを妊娠しました。学校系列の整体院に勤めていた頃です。

 

2回目の妊娠・出産・子育ては全くナナミの時と違いました。

 

まずはホルモン治療せずに妊娠したわけですもん。そこからして違います。

 

妊娠中、悪阻の時期はあったけれど、整体院でのお仕事も妊娠8ヶ月くらいまで普通にさせてもらっていたし、全く不調なく過ごしました。

 

出産も30分かからずで、産後も体調良好、3歳のナナミと0歳のヒロトの二人の子育ては体力使ったけど、楽しく進んでいきました。

 

そう、生まれた時のサイズも、ナナミは2700グラムだったのだけど、ヒロトは3200グラム、そしてその後39歳で産んだハルフミはびっくりの3700グラム!

 

病院の先生には胎盤も大きかったよと教えてもらいました。(どんどん血流が良くなっていってたということだと思ってます)

 

 

私が整体師になってからずっとやっているセルフケアが骨盤美人体操なんです

 

上に書いたように、私は同期で唯一の女性整体師。

 

男性整体師仲間の施術台になりながら、自分の身体のことを感じながら「ちょっとここはこうやってみて!」とか「女性ホルモンを活性化させるためにはこうじゃない?」なんて言いながら、自分を実験台に使ってもらっていました。

 

そして私自身も家に帰って、自分を自分で整える練習をしてみたり。

 

ヒロトを産んでからは、産前の身体に戻すのに色んなことを試しました。開いた骨盤はどうしたらいい位置に戻るのかとか、身体が重く感じのはどこがどうなっている時かとか、お尻を小さくするには?足を細くするには?とかとかとか、ほーんと色々。

 

それを整体のお客さん達に教えて、お家でやってもらっていたのを、教室でやって欲しいと言われたのが、骨盤美人体操の始まり。

 

そうこう続けていた5年後、思いがけず(笑)、ハルフミを妊娠したというわけです。

 

20代、「あなたは人より妊娠しにくい」と言われた私が、3人の子どもを持つことになるなんて。しかも39歳で出産するなんて、本当に本当に、びっくりです。

 

40代の私

 

20代、私が就職した時に憧れた人達が40代の先輩達でした。

 

キャリアがあって、お金もあって、仕事も遊びも楽しそうで、お洒落でカッコよくて・・・まさにSTACの世界。20代の私はほんっと憧れ過ぎていて、早く歳をとりたいとすら思ってました。

 

そんな憧れの40代になって・・・私は会社を立ち上げました。

 

整体師としての仕事も広がって、商品開発やメディア出演など、法人案件をたくさんもらうようになって、目標にしていたカッコいい40代を現実にすべく、突っ走った40代前半でした。

 

頭の中は仕事のことばっかりで、健康を売っているくせに、自分自身の身体のケアをおざなりにしてました。体調が悪くなるまではなってないけど、ケアの時間は明らかに減っていきました。

 

そんな中、今から6年前、母が膠原病になりました。急激に体調は悪くなり、どんどん痩せて、元気に仕事をしていた頃の母とは全く別の人のようになりました。

 

3年ほど前かな、母の病気が悪化し、敗血症を起こし、今日が山場かもしれないという状態になりました。東京でお仕事をしていた私は、妹からの電話にびっくりして、電車に飛び乗り、名古屋を越えて三重の病院に行きました。

 

クリーンルームに入院、体調の優れない母は

「私の何が悪かったん?私、仕事しかしてこなかった。私の人生、仕事しかなかったんやろか。」

そんな風に言いました。

 

この母の言葉が私には大きかった。この日から、私は自分のことを見つめるようになり、自分を大事にすることの大切さを考え直しました。

 

身体のケアを復活させ、私は何がしたくて仕事をしているのか?ということを考えるようになりました。

 

散々考えた末に出てきたのは、やっぱり、「好きな人達と、好きなところに行って、好きなことをして、好きなものを食べて飲んで笑っている」ということ。

 

私が人生でしたいのはそこなんだと腑に落ちました。

 

仕事は全て「その目標に向いていること」と決めました。

 

だって、私の人生の目標は「私の好きな人達と楽しみたい!」なのです。だから、私の好きな人達には健康でいてもらわないといけないし、一緒に遊べるくらい元気でいてもらわないと困るんです。

 

母は山場を超え、良くなったり悪くなったりしつつ、入退院を繰り返していますが、今は「仕事しかしてなかったわけではないし、楽しいこともたくさんあった」と話しています。(母の尊厳のために声を大にして言いますが、母は不幸せな人ではないです。)

 

でも、ずっと忙しかったのは事実。私が飲んでいたのと同じように母も体調を保つためずっと薬を飲んできたとおもいます。

 

生理前・生理中、薬を飲まなくなりました・・・という報告が多くて嬉しいです

 

やっとブログのタイトルの話です^^

 

薬が身近で、小さい頃からたくさん飲んできた私はおもいます。

 

薬はできるだけ飲まない方がいい。

 

もちろん仕方ないこともあります。でもね、身体を整えたら治ることなのであれば、整える努力をした方がいい。

 

今が将来を作るのだから・・・

 

私の提供する商品やサービスを通じて、体調が良くなった。自分が好きになった。やりたいことがやれるようになった。そして・・・薬を飲まなくても良くなったという報告をもらうのは本当に嬉しいのです。

 

ちょっとエモくて長いブログ、最後まで読んでくれた方、ありがとう♪

これからもどうぞよろしくです。

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丹羽 綾株式会社 絢成(あやなり)代表取締役


女性集客コンサルタント・セミナー講師・整体師
Facebook社#起業女子トレーナー・ショップチャンネルゲスト

中小企業・店舗運営の女性集客・売上アップ支援をしています。リアルな現場の声を生かし、「女性に響く=共感マーケティング」で売上げに繋げる提案が好評。特にSNSを活用した40代女性(ファミリー)をターゲットにしたマーケティングに定評があります。三重県四日市市出身。旅行、お酒・おつまみ、お風呂が趣味。名古屋旧家長男の嫁、3人の母としても、日々奮闘中です!

ツイッター:女性集客専門コンサルタント〜丹羽綾フェイスブック:丹羽綾(にわっち)インスタグラム:丹羽綾メール

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